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血液型で性格は決まらないのに、当たると感じる理由

大規模なデータ分析では、血液型と性格の関連はほとんど確認されていません。それでも当たると感じるのはなぜか。三つの仕組みで説明できます。

あなたを色に例えると

「A型だから几帳面」「B型だからマイペース」。日本ではあまりに当たり前に使われている言い方ですが、海外ではほとんど通じません。まずこの事実が、話の出発点になります。

日本でだけ広まった経緯

血液型と性格を結びつける発想は、1920年代の日本の研究にさかのぼります。ただしその研究は後に否定され、いったん忘れられました。

いま私たちが知っている形になったのは、1970年代に一般向けの本がベストセラーになってからです。学問の側から広まったのではなく、読みものとして広まりました。その後テレビや雑誌が繰り返し扱い、全世代の共通語になりました。

つまり、根拠が積み上がって定着したのではなく、面白かったから定着したという順番です。

研究が示していること

その後、実際に大規模なデータで検証されています。日本とアメリカの一万人以上を対象にした分析では、血液型と性格特性のあいだに意味のある関連はほとんど見られなかったと報告されています。

これは「絶対に何もない」という証明ではありません。ただ、日常で使えるほどの差は出ていないというのが、現時点の見立てです。

では、なぜ当たると感じるのか

ここからが本題です。根拠が薄いのに当たると感じるのには、はっきりした仕組みがあります。

① 誰にでも当てはまる書き方になっている

「本当は繊細なところがある」「人によって態度を変えられない」。こういう文は、ほぼ全員が自分に当てはまると感じます。当たったのではなく、外れようがない文が使われているだけです。

② 当たった部分だけ記憶に残る

十個の記述のうち三つが当たっていたとき、人は当たった三つを覚えて、外れた七つを忘れます。翌週には「よく当たっていた」という記憶だけが残ります。

③ 言われ続けると、そのように振る舞う

これが一番大きいかもしれません。子どもの頃から「A型だからきちんとしてるね」と言われ続けた人は、きちんとしている自分のほうを実際に選ぶようになります。あとから性格が形に寄っていくのです。

血液型の話が日本でだけよく当たるように見えるのは、日本でだけ③が強く働いているからだと考えると、筋が通ります。

遊ぶのは自由、決めつけるのは別

血液型の話を楽しむこと自体は、何も悪くありません。共通語としてよくできていて、初対面の会話も転がります。

問題になるのは、採用や配属、相性の判断に使われるときです。日本ではこれに名前がついていて、ブラッドタイプ・ハラスメントと呼ばれます。根拠のない分類で誰かの機会を減らすのは、遊びの範囲を超えています。

分類が楽しいこと自体は正しい

ここまで否定的に書きましたが、自分を四つや八つに分けたくなる気持ちのほうは、まったく健全です。人は自分を言葉にできないと落ち着かないので、名前がつくと安心します。

だとしたら、生まれつき変えられないもので分けるより、いまの自分の動き方で分けるほうが使い道があります。血液型は一生変わりませんが、動き方は五年後に変わっているかもしれません。変わったことに気づける分類のほうが、道具としては優秀です。

なお、このサイトの診断も心理学の枠組みを借りた読みものであり、検証された性格検査ではありません。当てにいくものではなく、いまの自分を言葉にするきっかけとして使うのがおすすめです。

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